アニメや漫画だけでなく、
リアル(実在)の世界にも
存在するボクっ娘(僕っ子)。
一人称に『僕』を用いる女性である
『初代ボクっ娘(僕っ子)』は
一体誰なんでしょうか?
検証してみました。
検証した結果、
初代ボクっ娘(僕っ子)は
明治時代初期の女学生です。
時系列で見ていきましょう。
明治時代に実在したボクっ娘(僕っ子)
明治初期の女学生は、それまで男性のものであった教育に、“対等に参加する”という意味合いから、一人称として「僕」を使用していた。
引用:ニコニコ大百科
という記述がありました。
しかし、
明治維新以降の大日本帝国や、太平洋戦争以後の日本においては、女性が「僕」や「俺」のような一人称を用いることは社会的に歓迎されていない。
引用:weblio辞書
・明治維新:19世紀後半の江戸時代末期から明治時代初期の日本国内で行われた、一連の近代化改革
・大日本帝国:大日本帝国憲法時代(明治23年〜昭和22年)に使用された日本の国号のこと
・太平洋戦争:1941年(昭和16年)から1945年(昭和20年)まで行われた戦争
引用:Wikipedia
という記載があり、
大日本帝国憲法が施行された
明治23年以降は
「僕」という一人称は懸念され
普段使いはされていなかったような
印象を受けます。
大正時代に実在したボクっ娘(僕っ子)
大正時代に実在した
ボクっ娘(僕っ子)として
日中戦争時代に旧日本軍のスパイだった
川島芳子(かわしま よしこ)
という女性がいます。
芳子は、17歳でピストル自殺未遂事件を起こした後、断髪し男装するようになりました。断髪した直後に、女を捨てるという決意をし、婦人公論への寄稿などでも「僕」という代名詞を使っていた。
引用:ピクシブ百科事典 wikipedia
というように
女を捨て「男になろう」という強い決意のもと
一人称を変えた経緯があるようです。
「僕」に対する
強い意志を感じとれますね。
昭和時代に実在したボクっ娘(僕っ子)
昭和に実在した
ボクっ娘(僕っ子)の記載には、
宝塚や松竹ほか諸少女歌劇団の人気が、成人男性中心から女学生や若い女性中心に移行した昭和9〜10年ころ、女学生のあいだに「君」「僕」「ナニ言ってやがるンだい」などの男言葉が流行した。
引用:weblio辞書
との記載がありました。
少なくとも昭和の時代には
現代のように誰かや何かに憧れて
意図的に「僕」を使用していた人が
いるようですね。
まとめ
以上のことをまとめると
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◆明治初期 女学生
↓
◆1923(大正12)年 川島芳子 17歳
↓
◆1934~1935(昭和9〜10)年 宝塚や松竹ほか諸少女歌劇団の人気が成人男性中心から女学生や若い女性中心に移行した時期
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となり、
一人称に「僕」を名乗っている女性である
初代ボクっ娘(僕っ子)は、
明治時代の女学生
と言うことになります。
そして
特定の個人を指すならば
川島芳子が
初代ボクっ娘(僕っ子)
ということになります。
明治や大正という古い時代から
すでにボクっ娘(僕っ子)が
存在しているのも不思議な感覚ですね。
明治や大正という時代では
現代で使われるような意味合いの
「僕」ではないとは思いますが
元祖ボクっ娘(僕っ子)や
初代ボクっ娘(僕っ子)の
歴史に名を刻んだことは
間違いありません。